年末の思い出

こんにちは。
いつまでも身体は動くと思っていましたが、年齢相応に色々と出てきている荒井です。
やっと五十肩も治りつつあります…

月1、2回程度ですがフットサルを楽しませて貰っています。
先日も体育館で楽しく蹴ることが出来ました。会場予約して頂いてる方々にホント感謝です!
いつまでも楽しく蹴ることが出来るように、身体のメンテナンスにも気を使わなくてはなりませんね。

長い自己紹介にもありますが、私のサッカー歴は小学校6年生の後半からスタートしました。
当時音楽部に在籍していましたが、運動音痴(今もですが)な自分をどうにかしなくてはと思い立ち
6年生の途中でサッカー部に転籍させてもらいました(ご迷惑をおかけしました)

中学校のサッカー部は県大会常連の所謂強豪校でしたが勢いそのままサッカー部に入部。
そりゃあ昭和の部活ですから厳しいこと、理不尽なことも沢山あり辞めようと思ったことも何度もありました。
結局3年間でレギュラーにはなれなかったですが、最後まで辞めずに引退出来ました。

そんなサッカー部でしたが、恒例の行事がありました。それは「歩いて初日の出を見に行く」という行事です。
中学校は「千葉市立蘇我中学校」。目的地は「九十九里浜 片貝海岸(だったと思います)」。
Googleで調べたらおよそ40キロあるんですね…

夜20時に学校の校庭に集合します。そこで夕飯に確かお雑煮を頂き一路九十九里浜までスタート!
最初は一団になって歩いていきますが、途中からは中の良い友達同士のグループで歩く、歩く、歩く…
道すがら後ろから「危ない!」と声がかかり振り向いたらクルマが突っ込んできた!幸い誰もぶつからずに怪我も無かったのですが、
クルマはそのまま畑に突入してしまい出られなくなる…仕方ないのでみんなで押して出してあげたり…
歩いている途中で新年のカウントダウンをしたり。

東金にある日吉神社についてそこで初詣。それから海岸目指してまたも歩く、歩く、歩く…
当時はコンビニなどあまりない時代。夜中歩いていればおなか減ります。
今はあまり見かけないのですがカップヌードルの自動販売機が道すがらにあり、みんな狂喜して購入。
自動販売機にはお湯が出てくるところもあります。最初にお湯を入れた人は良いのですが次第にお湯が出なくなってくる(無くなる…)
仕方ないから少しのお湯であとはガリガリかじって食べたりと(笑)

そしてようやく九十九里浜に到着。確か5時か5時半位だったと思います。
歩いているとあまり寒さ感じません。しかし日の出まで1時間以上あり海岸はふきっ晒しでとっても寒いのです。
誰かがライターを持っていました。なので海岸の流木などを集めて焚火を起こして暖をとります。
みんなで焚火で暖を取っていると「兄ちゃん俺にもあたらせてくれ」と見知らぬ人が焚火にあたりに来ます。
1人、2人とだんだんと増えてきて、しまいにはその人たちに占領されてしまう・・・中学生だからなめられてたのかな・・・
仕方ないからまた改めて焚火を起こし暖を取る→見知らぬ人が暖を取りに来る→占領される(笑)
このループを3回くらい繰り返しましたよ、いやホントに(笑)
しまいには燃やすものが無くなってしまい、朽ちかけた海の家だったらしきものから板をひっぺがして燃やしたり(時効ですよね?マズイかな?)

そんなことしているうちに初日の出が昇り始める。いやー感動もひとしおでしたね。

で帰ります。帰りは流石に公共交通を使いますが、駅までのバスがなかなか来ないんですよ…
仕方ないので先輩たちには「駅まで歩いて帰ります」って言っておいて見えなくなったらちょうどタクシーが走っていたので駅までお願いする。
だけど電車代も考えると残りのお金はみんな合わせても1200円位しかない。仕方ないので1200円で行けるところまで行ってもらいました。
途中でタクシーを降りそれでも駅までしばらくあります。歩いて駅に向かってると後ろから先輩たちが乗った路線バスに追い越される始末(笑)結局バス待った方が早かったというオチ(笑)

その日(1月1日)は部活もお休みでした。だけど2日から高校サッカーの試合見学に行くという、昭和部活進行でしたね。
今考えるととっても無謀というか今の常識では色々ありえなかったのですが、当時は疑問に思わなかった…良くも悪くもおっさんの大雑把な昭和の部活の思い出でした(笑)

最後までお読み頂きありがとうございます。