
こんにちは。
最近(でもないか?)よく聞く「パワーワード」という言葉。そして日本古来の思想「言霊(ことだま)」。
同列に論じることにいささかの抵抗もあったりするが、この二つの「ことばの力」には、どこか似たような感じもするけど、根本的に異なる性質を持っています。
共通点:言葉が現実を動かす「力」
「パワーワード」とは、SNSや広告、メディアなどで人々の心を一瞬で掴む言葉のこと。
たとえば、「秒で泣ける」「筋肉は裏切らない」「全米が泣いた」などですかね。
短くても強烈な印象や共感を呼び起こす力を持ちます。
一方の「言霊」は、「言葉に魂が宿る」という日本古来の考え方。
発した言葉がそのまま現実を動かすとされ、祝詞や日常の言葉遣いにも影響を与えてきました。
つまりどちらも、「言葉には力がある」という考えに基づいており、人の気持ちや場の空気、さらには未来までも動かす力を認めているという点で共通しています。
決定的な違い:外向きか、内向きか
ではこの二つ、決定的に違うのは何でしょうか?
それは、「誰の心に働きかけるか」という点だと思います。
パワーワードは、受け手の心を動かすことに特化しています。誰かの注意を引き、感情を揺さぶり、行動を促すための言葉。
現代のメディア社会においては、消費される「武器」としての役割を担っています。
対して言霊は、言葉を発する本人とその周囲の「運命」や「場の力」に作用する内面的なもの。
たとえば、「ありがとう」と言えば良いことが起こる、「悪口を言えば悪運が降りかかる」といった、因果的な力の循環が前提にあります。
つまり、
パワーワードは「他者を動かす言葉」
言霊は「自分と世界を調和させる言葉」
と言っても良いかと思います。
まぁ、パワーワードってちょっと洒落が効いてたり、風刺的な面もあったりして、言霊と同列に論じるのはちょっと抵抗もありました。パワーワードって言葉自体がちょっと軽い感じもしますしね。
しかし「言葉一つ足りないくらいで~」とB‘zも歌っています。
正に「言葉には気を付けなさい」ということです。
我々が日々使う言葉は、思っている以上に人の心を動かし、自分の運命を形作っています。
「パワーワード」(他者を動かす言葉)に振り回されるだけでなく、
自分の中にある「言霊」にも耳を澄ませてみる…
そんな言葉の使い方が、これからの時代には必要なのかもしれません。
最後までお読みいただきありがとうございます!